朝堂院

朝堂院は八省院ともいい、政務・儀式・宴会の場であり、重要な儀式が行われた。

※図中の青文字の箇所は説明があります

朝堂院




回廊に囲まれた内部は三つの区画からなり、応天門から入ってすぐが官人が出仕の際に集まる朝集堂院
会昌(かいしょう)門をくぐった中央部に官人が列座する十二堂の朝堂群からなる(狭義での)朝堂院がある。
龍尾檀を境とした北側に一段高い位置に天皇出御の正殿となる大極殿小安殿がある大極殿院からなる。



大極殿(だいごくでん)

平安京最大の唐風の建物で、南北七丈四尺(約22m)・東西十九丈八尺(約60m)・基礎は高さ六尺(180cm)の条石石板からなっている。
正面十一間・奥行四間の大きさになり、四面に がつき、また四周に朱の欄干をめぐらしている。
母屋中央に天皇の御座である 高御座が置かれる。
即位・ 大嘗祭朝賀・政務・儀式の多くが行われた。 876年に火災にあい、879年に再建されたが、1058年に再び火災にあい、1072年に再び再建された。その後1177年に3度火災にあい、以後はその機能は 紫宸殿へ移行して行った。


龍尾檀(りゅうびだん)

十二堂より一段高くなっていて、中央とその左右に朱塗りの檻があり、その朱檻の切れた間に、東西の龍尾道と東西の両端に石階があり、これを東西龍尾檀東階・西階という。
龍尾道という名は、唐にならったもの。



小安殿(こあどの・おやすみどの)

後殿・後房(こうぼう)ともいい、大極殿から軒 でつながっている。
九間で中央の 馬道により、東西各四間に分かれる。



蒼竜楼(しょうりゅうろう)・白虎楼(びゃっころう)

大極殿の左右に位置し、共に八間で、 上に小閣がある。



朝堂院

延喜式によると朝政(朝廷の政治)の時の官人( 京官五位以上)は朝参して朝堂院の座に着き、その後官司の 曹司に赴いて勤務することとされていた。
また朝堂における座は、以下のように指定されていた。

昌福堂(東第一堂)大政大臣・左右大臣
延休堂(西第一堂)親王
含章堂大納言・中納言・参議
含嘉堂弾正台
承光堂中務省・図書寮・陰陽寮
顕章堂刑部省・判事
明礼堂治部省・雅楽寮・玄蕃寮・諸陵寮
延禄堂大蔵省・宮内省・正親司
暉章堂少納言・左弁官・右弁官
修式堂式部省・兵部省
康楽堂主税寮・主計寮・民部省
永寧堂大学寮


応天門(おうてんもん)
朝堂院の正門で、二重屋根で碧色の瓦と棟の両端に鴟尾(シビ:しゃちほこ)をいただく豪華な門。
866年3月10日に放火にあった(応天門の変)
989年に転倒と平安中に4・5回災難にあっている。
この門の東西に栖鳳(せいほう)楼・翔鸞(しょうらん)楼の二 があり、応天門外の東楼(とうろう)・西楼(せいろう)の名がある。



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